日本ヴァイオリン

Antonio Stradivari 1708 “The Carrodus”

1708年製アントニオ・ストラディヴァリウス“キャロダス(The Carrodus)”

アントニオ・ストラディヴァリウスは、弦楽器の歴史において最も著名で、かつ最も大きな影響を与えた製作家です。クレモナにおける彼の長く実り豊かな生涯は、いわゆるヴァイオリン製作の「クラシック時代」を象徴するものであり、その楽器は今日に至るまで、演奏家とコレクターの双方から最高峰の存在として強く求められています。

ストラディヴァリウスの作品は、クレモナのアンドレア・アマティおよびその一族によって築かれた伝統を基盤としながら、構造、音響、造形美のすべてにおいて革新を遂げました。その完成度は後世の製作家に計り知れない影響を与え、現在もなお理想の基準として位置づけられています。

1708年クレモナにおいてアントニオ・ストラディヴァリウス自身の手により製作されたこのヴァイオリンは後年、名ヴァイオリニスト、ジョン・キャロダスが愛用したことから、今日では世界の音楽文献において「キャロダス(The Carrodus)」の名で広く知られています。

キャロダスは1836年1月20日、イングランド・ヨークシャー州ウェスト・ライディングのキースリーに生まれました。父トーマス・キャロダスは理髪師であると同時に楽器商でもあり、彼は幼少期から父よりヴァイオリンの手ほどきを受けました。9歳で初舞台を踏み、13歳にはロンドンで演奏するなど、早くからその才能を示しています。

12歳から18歳まではシュトゥットガルトに留学し、ベルンハルト・モリークに師事しました。この時期にルートヴィヒ・シュポアの音楽に深く傾倒し、シュポア本人からもその演奏を高く評価されたと伝えられています。

1853年に帰国後、サー・マイケル・コスタの後援を受けて主要オーケストラで活動を開始し、1855年にはコヴェントガーデン歌劇場管弦楽団の団員となりました。1863年にはロンドン音楽協会主催の演奏会でソリストとしてデビューし、1869年にはプロスパー・サントンの後任として同楽団のコンサートマスターに就任。以後25年にわたりオーケストラを率い、1882年には Three Choirs Festival のコンサートマスターも務めました。

教育者としても高く評価され、王立音楽アカデミーをはじめ、ギルドホール音楽院やトリニティ・カレッジなど、英国の主要音楽教育機関で教鞭を執りました。また、ヴァイオリニスト協会(College of Violinists)の初代会長を務め、英国ヴァイオリン界の発展に大きく貢献しています。

1881年1月20日、ロンドンのセント・ジェームズ・ホールで行われたリサイタルは、モリークやシュポアの作品を中心としたプログラムで構成され、「史上初の公開ヴァイオリン・リサイタル」として広く知られています。

キャロダスは演奏水準の向上に強い使命感を抱き、自身にも弟子にも厳格な基準を課しました。彼が使用した楽器には、1743年製ジュゼッペ・グァルネリ “デル・ジェス” および1708年製アントニオ・ストラディヴァリがあり、いずれも「キャロダス」の名で知られています。

1895年7月13日、ロンドン・ハムステッドにて没し、ハイゲイト墓地東側の家族墓に埋葬されました。キャロダスは、演奏家・教育者・先駆者として、英国ヴァイオリン史に確かな足跡を残した人物です。

このヴァイオリンは、アントニオ・ストラディヴァリのいわゆる「黄金期」を代表する作品の一例であり、1700年以降に確立されたストラディヴァリ独自の様式と個性を余すところなく備えた、きわめて希少かつ重要な楽器です。

モデルは大ぶりな"PG"フォームが用いられ、全体のプロポーションは完璧とも言える均衡を保っています。裏板には魅力的な一枚板のフレイム(虎杢)メイプルが用いられ、表板には木目のきわめて細かい上質なスプルースが選ばれています。これらの素材選択と造形の完成度が相まって、本器を真の傑作たらしめています。

数年後に製作された、より力強く「男性的」と評される後年の作品と比較すると、本器にはなお、ストラディヴァリ初期黄金期特有の繊細さと優美さが色濃く保たれています。その佇まいは、音色と造形美の両面において、格別の魅力を放っています。

特筆すべき点として、裏板に用いられたメイプル材は、同じ1708年に製作された三挺の著名なストラディヴァリ、すなわち「ルビー(Ruby)」「ダヴィドフ(Davidoff)」「トゥア(Tua)」と同一の一枚の木から切り出されたものとされています。この事実は、本器の歴史的・資料的価値をいっそう高める要素となっています。

本ヴァイオリンは、ジョン・キャロダス本人の愛用楽器であったのみならず、後年にはユーディ・メニューインやイツァーク・パールマンといった20世紀を代表する名ヴァイオリニストたちによっても演奏されてきました。今日では、世界に現存するストラディヴァリ作品の中でも、特に音色の美しさに優れた名器の一つとして高く評価されています。

  • ✴︎D. バレンボイム、I. パールマン、そして
    「キャロダス」ヴァイオリンによるリハーサルの様子

製作地
イタリア クレモナ
カテゴリ
オールド